消しゴム


「消しゴム」
 授業中に隣の席の男子が話しかけてきた。
「消しゴム貸して」
 聞いてなかったと思われたらしく、今度は少し強い語調で言う。
「ぁ、うん。はい」
 今日開封したばかりの新品の消しゴムを渡す。
そういえば、この人誰だっけ。人の顔と名前を憶えるのが苦手な私は隣の席の人の名前さえ憶えていなかった。というより顔すら記憶にない。
「はい、ありがと」
 そう言って消しゴムを投げてよこした。消しゴムが放物線を描いて手中に飛んできた。よくみると、消しゴムのケースにノートの切れ端が挟まっている。
「『消しゴム、サンキュ♪ 氷八』・・・?」
 きょとんとして本人の顔を見ると、こっちに向かってピースをしている。・・・変なヤツ。

 放課後、何時ものように図書室で読書に耽ていた。
「横、座ってもいい?」
 不意に話しかけられたが気にせず「構いませんよ」とだけ言い、意識を本に戻した。少しして、
「それって何ていう名前の本?」
 隣に座っている人が訊いてきた。仕方なく顔を上げた。
「燃えよ・・・って、あ・・」
 この人、確か教室で席が隣の人だ。名前は、えーと、何だっけ。
「名前、覚えてないでしょ」
「ぇ」
図星を指されて少し驚いた。
「やっぱり。本当に名前を覚えるのが苦手なんだね、恋野こうの
「・・・うん。って、言った事あったっけ・・・?」
「ううん。君、結構有名だよ。“名前忘れ”で。因みに俺は氷八。銀至氷八」
「ぎんし・・・ひょうや・・・?」
「そ。ちゃんと憶えてくれよ。恋野が朝俺の名前言えるようになるまで毎日、俺自己紹介するから」
 意地悪く笑う銀至の顔はまだ幼さが残った顔で、昨日とはまた違う雰囲気に見える気がする。この人はいつも笑う時こんな風なんだろうか。
「う、うん。じゃあ頑張る」
「頑張れよ。お前、小説とかよく読むんだろ?よく図書室で見かけるし。ってことは物覚えは悪くないはずなのにな」
 う、それを言われるとは思わなかった。
「うーん・・・なんていうかさ、興味がないっていうか・・。親友の名前は勿論憶えてるんだけど、私たちの学年で名前憶えてるのって多分50人もいないし・・・。」
「ぇ、マジ!?」
「多分ね。しかも男子の名前なんて50人中半分も占めてないよ。20人・・・いるかどうか・・。」
 憶えてる名前を1つずつ頭の中で挙げてゆく。1・・・2・・・3・・・。
「まぁ、いいや。それより、今俺の名前言える?」
「えーっと・・・銀至・・君」
 朧げな記憶だが、多分合ってる。理由はないが、何と無く。
「そうそう。じゃあ、下の名前は?」
「・・・・・・・」
 黙りこくる私を見て彼は軽く笑って、「んー、俺はまだ恋野の中では興味のない人ってことか・・・」なんて自嘲気味に言って頭を掻いた。
「あはは、ごめん。でも多分1週間くらい経てば憶えると思う。だって、毎日自己紹介してくれるんでしょう?」
 読んでた『燃えよ剣』を閉じながら立ち上がる。それを見た銀至も立って、図書委員の居る方へ向かう恋野の横について歩く。
「おう。折角同じクラスになって、しかも席まで隣なんだし名前くらい憶えてもらいたいからさ」
「んー、そんなもんなの?・・・・ぁ、これ借ります」
 図書委員に本の貸し出し手続きを取ってもらいながら深く考えずに返事をする。
 ちょっとしてから、「あれっ?」と声を軽くあげた。
「銀至君ってさ・・去年4丁目に引っ越して来た?」
 机の上に置いていた荷物も背負おうとしている銀至に訊いた。荷物を背負い終わってから「うん、そだよ」と答えた。



 次の日、私は教室の鍵を職員室に取りに行った。鍵を取り、職員室から出る。廊下をずっと左に歩き、そこにある階段を2階まで上がって更に左に進んで一番奥から二番目の教室の鍵を開ける。
 教室に入り、照明を点けて窓を全て開ける。朝の涼しい風が教室を吹き抜ける。その風を受けながら自分の席に座った。
「おはよ」
 ドアの方から人の声がした。そっちを見ると、銀至が立っていた。
「おはよう」
「じゃ、早速自己紹介するけど」
 ゆっくり歩きながら教室に入る。
「銀至氷八、17。趣味は・・・」
 そこまで聞いてちょっと可笑しくなった。
「ちょ、ちょっと待って。名前だけじゃなくて・・・?」
 恋野の正面まで来て、足を止めて「ん。一応、自己紹介だしな」理由になるか際どい発言をする。
「趣味は風景画を描くこと。好きな人は恋野瑞希」
「・・・・え?」
 あまりにさらっと言う彼の言葉に一瞬自分の中の時間が止まった。
「・・・もっかい言うぞ。俺の好きな人は恋野瑞希。俺は、好きな人に名前を憶えてもらうために毎朝自己紹介をすると決めた。以上、俺の自己紹介」
 一息でそこまで言って、銀至は自分の席についた。
 自分の席についた銀至の横顔を見ると、どうやら物凄く恥ずかしかったらしく、頬が少し赤い。もう17だというのに頬の赤い彼の横顔は笑った時の顔よりも幼く見えた。
「・・・ぇ、ぇ、いつから?」
 訊きたいことは沢山ある。でももうすぐ教室には人が来る。・・・・二人きりのうちに訊きたい。
「・・・・去年、転校して半年くらい経った頃からだから、1年は経つ。恋野は覚えてないと思うけど、綺麗な景色の見える所を教えてくれたんだ。で、ダチとかから色々お前の話聞いて、好きになって」
 照れ笑いをしながら日本史のノートをパラパラめくっている。途中、千切れたページがある。恐らくこの前消しゴムのケースに挟んであった紙はあそこから千切ったんだろう。
「俺には、夢がある。将来の夢とかじゃなくて、望みに近い夢」
 と言いこちらに顔を向け、しっかと目を見据える。
「俺の夢は、俺の好きな人が俺のことを好きになってくれること。・・・というより、俺のことを好きにさせること。うん」
 その目に嘘はないのが分かる。真っ直ぐ恋野の目を見て言っているのだから嘘のはずがない。





―銀至氷八。17。趣味は風景画を描くこと。好きな人は恋野瑞希。
 その自己紹介が耳について離れなかった。

 私は、この日から彼に少しずつ惹かれ始めていった。





消しゴムの貸し借りから始まった、そんなどこにでも起こりえそうな、そんな恋物語。









fin



あとがき
ぅ゛ー・・・甘く出来なかった・・・。
ってか、無理だす。甘いってなぁに?(は?
ホントすみません。全然思いつかないんです。今時こんな告白の仕方選ばないよね。。。でも思いつかないんだよ!!(自棄)
まぁ、苺、許せ。私に甘いのを書けってのが無理なんだよ(ぉぃ
ホントすみませ・・・・!!









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